HANDEL'S MESSIAH 〜新潟メサイア〜

 
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新潟メサイアの歌詞について

新潟メサイア合唱協会の歌詞について
新潟メサイア合唱協会会長 渡辺行雄

メサイアのテキスト(歌詞)はチャールズ・ジェネンズが旧約・新約聖書から引用して編集したもので、三部から構成されています。

第一部はイエス・キリスト(救世主:メサイア)についての預言、その降誕とその後の事蹟について書かれています。イザヤ書を中心とした旧約聖書の記載が新約聖書からの引用で締めくくられている特徴があります。

第二部はイエスの受難(死)と復活、その後の弟子達の伝道とそれらへの迫害、これに対する神の怒りの記載の後に、イエス・キリストによる世界の永遠の支配が書かれています。

また、第三部ではイエス・キリストが死から復活したことにより、人々もまた死後に復活の栄光に預かることが高らかに語られています。ここに、ジェネンズの神への信仰と復活への願望が込められているものと思います。

ジェネンズによるメサイアのテキストは聖書の言葉が断片的に引用されているので、ストーリーが理解しにくい部分があります。このため、私達のプログラムでは、一部に原文にはない言葉、文章を補完し、また、テキスト全体が理解し易いように解説を加えました。

このため、これまでの各地のメサイア演奏会プログラム、各種聖書の記載とは、若干異なっている点があることを予めご了解いただきたいと思います。また、これらの点から「対訳」ではなく「訳詞」と表記しました。

私達の演奏では、以前は二、三部の何曲かを省略して演奏していましたが、第30回演奏会(1997年)以降は全曲を演奏して現在に至っています。

私は、42回に亘るこの演奏会当初よりプログラムのメサイア歌詞に関する一般的理解に取り組んできたものです。この過程で、種々御教示を賜った、以前の会員ロバート・ジャストラム師(故人)、また、私と個人的親交のあるロバート・ワトソン師に心から感謝申し上げます。

ソリストの演奏曲目は昨年第42回演奏会のものです。


歌詞字幕

新潟メサイア合唱協会の演奏会では、演奏中に下図のような歌詞の字幕を映写しています。この映写は、場内とのコミュニケーションのためにも有用です。

字幕映写用スライド1字幕映写用スライド2字幕映写用スライド3
字幕映写用スライド4字幕映写用スライド5場内とのコミュニケーション
◆映写の様子◆
映写の様子

新潟メサイア合唱協会演奏会プログラム
メサイア歌詞
訳詞 渡辺 行雄
序文
いざ歌わんかな大いなる調べを

まごうことなく、神の神秘は偉大です。神は肉体として地上に現れ、聖霊により正義とされ、御使いたちに見守られ、諸国民に伝道され、あまねく世に信じられ、栄光のうちに天に召されました。

この神に、叡智と知識の宝の全てが秘められています。

テモテへの手紙 3:16
コロサイ人への手紙 2:3

*本文はダブリンにおけるメサイア初演のプログラムに序文として掲載され、それ以後もヘンデルによる演奏会プログラムに掲載されました。
第一部
1 序 曲
2 伴奏付レシタティーヴ(テナー)

あなたたちに主の言葉を伝えます。神はこう言われたのです。 「わたしの民を力づけてやりなさい。エルサレムの人々に『皆の苦しみは終わり、その罪は許される』と語ってやるのだ。」

荒野で叫ぶ預言者の声が聞こえます。
「主のこられる道を用意するのだ。砂漠の中に広く真直ぐな道を作りなさい。」

※イザヤ書 40:1−3

※イザヤ書

イザヤ書は、イエス・キリスト降誕の約750年前にイザヤがユダとエルサレムについて語った預言です。預言とは、単に将来を予測するのではなく、主の言葉を語り、伝えるという意味です。

メサイアの歌詞出典中、イザヤ書、ハガイ書、マラキ書、セガリア書、詩篇などは旧約聖書の内容で、預言者あるいは伝統的な詩歌の中で語られた主の言葉(預言)です。これらの預言はキリストにより実現したとされています。

また、ルカによる福音書、マタイによる福音書、ヨハネによる福音書、コリント人へのの手紙、ローマ人への手紙などは新約聖書(キリストによる神との新たな契約について書かれている)の内容です。

3 アリア(テナー)

※あらゆる谷は埋められ、山や丘は低くされます。曲がった道は直く、険しい所は平地にされるでしょう。

イザヤ書 40:4

※あらゆる谷、山、丘・・・谷は恵まれぬ者、心貧しき者などを、山、丘は主に逆らう支配者を表わしています。このイザヤ書の記述は、救世主により全ての人々が平等となり、誤った道が正されることを意味するとされています。

4 合 唱

このようにして主の栄光が現われ、すべて世に生きる者はともにこれを見ることになるのです。主が自ら語られたことですから、必ずこうなります。

イザヤ書 40:5

5 伴奏付レシタティーヴ(バス)

万軍の主は言われます。

「しばらくして、天と地、海と陸とを震わせる。すべての国々を揺り動かす。そして、※世界中の待ち望んでいる方が現われる。」

ハガイ書 2:6 − 7

「あなたたちの求めている主は、突然、主の神殿にやってくるだろう。この方は、あなたたちに大きな喜びもたらす※神の契約の使者である。見ていなさい。この方は必ずこられる。」

マラキ書 3:1

※世界中の待ち望んでいる方 キリスト(メサイア:救世主)

※神の契約 神を信じ、その教えに従えば救われるという契約、契約の使者はキリスト

6 アリア(アルト)

「しかし、その方の訪れる日に誰が耐えられようか、その現われるときに誰が立ち得るか。その方は精錬の火のように、すべての汚れを清めるからである。」

マラキ書 3:2

7 合 唱

「その方はまず※レビの子孫を清める。これは彼らの奉げ物が正義の心に適うものとして主に受け客られるためである。」と万軍の主は語られるのです。

マラキ書 3:3

※レビの子孫 レビ族、信仰篤く神の信任のあったアブラハムの曽孫レビの子孫。レビ族は神殿における祭司として神に仕えました。出典のマラキ書では、祭司たち(つまりは人々)の堕落と、神が再び人々を受け容れるためには、これらの汚れが清められねばならないことを指摘しています。

8 レシタティーヴ(アルト)

乙女がみごもり、男児を産みます。その名はインマニュエルと呼ばれるでしょう。

※イザヤ書 7:14

「神われとともにいます」という意味です。

※マタイによる福音書 1:23

※イザヤ書、マタイによる福音書 この部分は旧約、新約両聖書の内容がオーバーラップしています。メサイアテキストの編集者ジェネンズはこの点を念頭に、「旧約聖書の預言が実現した」ことを、キリスト降誕の場面で強調するためにこの構成を選択したと考えられます。

9 アリア(アルト)と合唱

※よい知らせを※シオンに伝える者よ、高い山に登りなさい。よい知らせをエルサレムに伝える者よ、高く声をあげて呼びかけるのです。恐れることはありません。  ユダの町々に「あなたたちの神を見よ」と告げなさい。立ち上がり、輝きなさい。あなたたちの光が現われる、あなたたちの上に主の栄光が昇るのです。

イザヤ書 40:9 60:1

※よい知らせ キリスト降誕

※シオン 神を信ずる者とそれらが集まっている場所の総体(教会)

10 伴奏付レシタティーヴ(バス)

暗黒が地上を覆い、深い閣が人々を包むでしょう。
しかし、あなたたちの上には主が昇り、主の栄光が現われます。異邦人や諸国の王たちも、あなたたちに昇る光と輝きに集い来るのです。

イザヤ書 60:2−3

11 アリア(バス)

こうして、閣の中を歩んできた人々は偉大な光を見ました。死の陰の地に住んでいる者にも光が輝いたのです。

イザヤ書 9:2

12 合 唱

わたしたちのためにひとりの子供が産まれます。わたしたちに男児が与えられるのです。その方は全てを支配します。その名は「驚くべき人、指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と称えられるでしよう。

イザヤ書 9:6

13 田園交響楽
14 レシタティーヴ(ソプラノ)

野原で夜通し羊の番をしている羊飼いたちがいました。

伴奏付きレシタティーヴ(ソプラノ)

するとなんとしたことでしょう! 神の御使いが現われ主の栄光が彼らをとりまいたのです。彼らは大層恐れました。

ルカによる福音書 2:8−9

15 レシタティーヴ(ソプラノ)

御使いは言いました。「恐れることはない、すべての人々にとっての大きな喜びの知らせを伝えよう。きょう、ダビデの町(ペツレヘム)に救い主がお生まれになった。この方こそ主なるキリストである。」

ルカによる福音書 2:10−11

16 伴奏付レシタティーヴ (ソプラノ)

すると突然天の大軍が現われ、御使いと一緒に神を賛美して言いました。

ルカによる福音書 2:13

17 合 唱

「いと高き所では神に栄光、地上では平和があるように、人々には善意が宿るように。」

ルカによる福音書 2:14

18 アリア(ソプラノ)

※シオンの娘よ、大いに喜びなさい、エルサレムの娘よ喜びの声をあげるのです。 見なさい、あなたたちの王がやって来ます。この方は真の救い主で、世界中に平和を語るでしょう。

ゼカリア書 9:9 −10

※シオンの娘 教会(教会は女性名詞)

19 レシタティーヴ(アルト)

そのとき、盲目の目は開かれ、聾者は音を聞くことでしよう。立てない者が鹿のように跳び走り、話すことができなかった者が喜び歌うのです。

イザヤ書 35:5−6

※盲目の… キリストによる奇跡を示します。これらはイザヤなどが神の言葉として預言していたもので、キリストにより預言が実現しました。

20 アリア(アルト)

キリストは牧者のように子羊の群れを養い、その腕の中に子羊たちを包み、懐にいれて携え、幼子を連れたものたちを優しく導かれます。

イザヤ書 40:11

アリア(ソプラノ)

すべて労苦の者、深く悩んでいる者はキリストを訪れさい。彼はあなたたちに休息を与えるでしよう。

キリストは柔和で謙虚な心の者であるから、その導きの※くぴき(頸木)を負いなさい。そうすれば、あなたたちの心に安息が訪れるでしょう。

マタイによる福音書 11:28−29

21 合 唱

キリストのくびきは負いやすく、その荷は軽いからです。

マタイによる福音書 11:30

※くびき(頸木または軛) “くびき”は牛馬に荷車を引かせるため首に架ける横木です。"キリストのくびきを負う”とはキリストの教えに従い、その示す方向に進むことを意味しています。一般にくびきを架けられた状態は辛く、苦しいものですが、キリストの導きに従うことは決して苦行でも困難なことでもないことを表しています。

第二部
22 合 唱

世の罪を取り除く、※神の子羊を見なさい。

ヨハネによる福音書 1:29

※神の子羊 子羊は神への捧げ物(生贄)です。神の子羊はキリストのことで、人々の罪の許しを得るために、キリスト御自身が神への捧げ物となり、その流された血と御体により世の全ての罪が許されることを示しています。

23 アリア(アルト〉

神の子羊、キリストは人々に侮られ、捨てられ、悲しみの人で苦悩を知り尽くしていました。彼はむち打つ者に背を与え、髪をむしろうとする者に頬をさしだしました。唾を吐きかける者から顔を背けませんでした。

イザヤ書 53:3 50:6

24 合 唱

まさに、キリストはわたしたちの悩みを負い、悲しみを担ったのです。わたしたちの罪のために傷つけられ、不義のために砕かれました。キリストはわたしたちに平安を与えるためにみずから懲らしめを受けたのです。

イザヤ書 53:4−5

25 合 唱

このように、キリストのむち打たれた傷によりわたしたちは癒されるのです。

イザヤ書 53:5

26 合 唱

それなのに、わたしたちは羊のように皆自分勝手な方向にさまよい、神の道を誤りました。しかし、主はわたしたちすべての罪悪をキリストに負わせたのです。

イザヤ書 53:6

27 伴奏付レシタティーヴ(テナー)

それにもかかわらず、キリストを見る者は皆、彼をあざ笑い、あごを突き出し、頭を振りながら叫びます。

詩篇 22:7

28 合 唱

「あの男は神様をあてにしているんだ。見ていようじゃないか、あいつがいつも言っているように、神様が本当にあれをご贔屓(ひいき)ならきっと助けてもらえることだろうよ。」

詩篇 22:8

29 伴奏付レシタティーヴ(テナー)

人々の非難がキリストの心を砕きました。彼は苦悩に満ちています。キリストは同情する者を捜しましたが、同情する者も、慰める者もひとりもありませんでした。

詩篇 69:20

30 伴奏付レシタティーヴ(テナー)

見なさい、キリストに与えられたような悲しみがまた世にあるのだろうか。

エレミア哀歌 1:12

31 伴奏付レシタティーヴ(ソプラノ)

※キリストは生ある者の地から絶たれてしまいました。わたしたちの罪のために打たれたのです。

イザヤ書 53:8

32 アリア(ソプラノ)

しかし、主はキリストの魂を地獄に置き去りにはしませんでした。主は聖者を朽ち果てたままにはしなかったのです。

詩篇 16:10

※31は十字架におけるキリストの死、32ー33はキリストの復活を示しています。

33 合 唱

門よ、その頭をあげなさい。永遠の戸よ、開きなさい。栄光の方が入ってこられます。 栄光の王とは誰か、それは強く力のある主、万軍の主、これこそ栄光の王なのです。

詩篇 24:7 −10

34 レシタティーヴ(テナー)

いったい、主は御使いたちの誰に「おまえは私の子(救世主)だ、今日、おまえを生んだのだ」などと言われたのでしょうか。

キリスト以外にそんなことを言われるはずがないのです。

ヘブライ人への手紙 1:5

35 合 唱

主は「すべての御使いたちに、キリストを礼拝させよ」と言われました。

ヘブライ人への手紙 1:6

36 アリア(アルト)

※ キリストは高いところへ行かれます。あなたは捕虜を導き、人々のための贈り物を受けられました。これは、かって、あなたに逆らった者のためでもあるのです。神はそのような者の中にさえ、お宿りになるのです。

詩篇 68:18

※捕虜・・・・・・贈り物
キリストは初めて死から復活しました。死からの復活により死を捕虜にしたことを示し、贈り物とは死者の復活を意味して、キリストの複活と、このことにより人々もまた死後復活に預かることを預言したものです。

37 合 唱

主は言葉を下さいました。
「教えを説くもの達は、なんと大きな群れであることか」

詩篇 68:11

38 アリア(ソプラノ)

※平和の福音を語り、喜びの知らせをもたらす者の歩みはなんと美しいことでしょう。

ローマ人への手紙 10:15

※平和の福音を語り… 神を信じ、預言にあった救い主の出現を待ちこがれている者にとって、キリスト降誕を語り、その福音を伝道する者の歩みまでが美しく見えるのです。

39 合 唱

その声は全ての地に広がり、その言葉は世界の果てまで行きわたります。

ローマ人への手紙 10:18

40 アリア(バス)

それなのに、どうして国々はおろかにも騒ぎ立ち、人々はむなしいことをたくらむのでしょうか。
地上のあらゆる王たちは立上り、主とその油を注がれた者(キリスト)に対し謀りごとを企て叫びます。

詩篇 2:1− 2

41 合 唱

「おれたちを縛っている縄を切ってしまえ、導きのくびきなんか捨ててしまえ!」

詩篇 2:3

42 レシタティーヴ(テナー)

天にいます主はそんな彼らをあざけり笑います。

詩篇 2:4

43 アリア(テナー)

主はくろがねの杖で彼らを打ち、陶器を壊すようにみじんに砕いてしまうのです。

詩篇 2:9

44 合 唱

※ハレルヤ、全能にして主なる神はすべての支配者です。この世界のものは、われらの主とそのキリストのものとなったのです。主は世々限りなく支配されることでしよう。
王の王、主の主
ハレルヤ!

ヨハネの黙示録 19:6 11:15 19:

※主に逆らう者たちが滅びにいたり、世界の全てがキリストの支配するところとなったことを示しています。

第三部
45 アリア(ソプラノ)

わたしは知っています。わたしを神に購(あがなう)って下さる方は生きておられます。後の日に、その方は必ず地上に立たれるのです。ですから、わたしの肉体は死後朽ちて土に還っても、必ず蘇って神を見ることでしょう。

ヨブ記 19:25−26

これは、キリストが死からよみがえり、※眠りたる者の初穂となったからなのです。

コリント人への第一の手紙 15:20

※眠りたる者の初穂 キリストは死者の中から最初に復活しました(初穂)。これにより、キリストを信じる者もまた死後キリストのように、復活の栄光に輝くことができるのです。

46 合 唱

※死がひとりの人によってきたのだから、死からの復活もまた、ひとりの人によってもたらされるのです。
アダムによってすベての人に死が訪れたように、キリストによってすべての人が生かされます。

コリント人への第一の手紙 15:21−

※ひとりの人… 人(アダム)が禁断の果実をロにした罪により死が訪れるようになったこと、そして死からの復活もまた、人(苦悩し、傷つき、ひとたびは死ぬ)として降誕したキリストによることを示しています。

47 伴奏付レシタティーヴ(バス)

あなたたちに素晴らしいことを告げましょう。わたしたちのすべてが死の眠りにつくのではなく、※終りのトランペットとともに、一瞬にして変えられるのです。

コリント人への第一の手紙 15:51−

※終りのトランペット この世の終末にはトランペットが鳴り、すべての死者はよみがえって最終的に神の審判を受けます(最後の審判)。このとき、生前キリストを信じていた心正しい人々は永遠の生命を与えられ、悪人は永遠の滅びに至るとされています。

48 アリア(バス)

トランベットが響いて、死者は朽ちないものに蘇ります。わたしたちは変えられるのです。

朽ちている者は決して朽ちない者に、死すべき運命にある者は、天上において永遠に死なない者にならねばならないからです。

コリント人への第一の手紙 15:52−

49 レシタティーヴ(アルト)

このとき、「死は勝利に呑込まれる」と預言されていた言葉が実現するのです。

コリント人への第一の手紙 15:54

50 重 唱(アルトとテナー)

死よ、おまえの痛みはどこか。おまえの勝利はどこにあるか。
死の痛みは罪により、罪の深さは律法で定まるとされています。

コリント人への第一の手紙 15:55−56

51 合 唱

しかし、神に感謝なさい。神は律法ではなく主イエス・キリストにより、わたしたちに勝利をお与えになるのです。

コリント人への第一の手紙 15:57

52 アリア(ソプラノ)

神がわたしたちと共におありでしたら、誰がわたしたちに敵対するでしょうか。誰が神に選ばれたものたちを罪に問うというのでしょうか。

神が皆の罪をお赦しになるのです。ですから、わたしたちに罪を宣告する者などいるはずがありません。ひとたび死して復活され、神の右に座しておられるキリストが、わたしたちをとりなして下さるのですから。

ローマ人への手紙 8:31.33−34

53 合 唱

いけにえとなり、御自身の血により罪深いわたしたちを神に購(あがなう)なって下さった子羊こそ、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美とを受けるのにふさわしい。
御座にいます方と子羊とに、誉れと賛美と栄光と力とが世々限りなくありますように。

アーメン

ヨハネの黙示録 5:12−14



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